17『便利屋コーダ』



 気に入るのに理由はいらない。
 一度気に入ってしまえば、それが持つ長所も短所も受け入れられる。
 その為になら何でもしよう。

 人と人との関係はいつも気に入り、気に入られる関係でありたい。



 暫くした後、リクは苦痛に顔を歪ませて倒れている男達の中に佇んでいた。
 その倒れている人数は七人である。
 戦闘が始まった後、暫くして裏口に張っていたものと思われる別の三人がここに駆け付けて来たのだ。この男達は結託している集団で、はじめからそういう手はずだったらしい。

「もう終わりか? 根性無しめ」

 リクはそう吐き捨てると、面倒臭そうに男達の腕輪を外していった。
 するとぱちぱちぱちぱち、と拍手の音がする。

「お見事、兄さん」
「コーダ!」と、リクは闘うまでには確実にいなかったのにいつの間にかそこにいたコーダに駆け寄った。「お前昨日どこに行っちまってたんだよ? いきなしいなくなるから探してたんだぞ」
「ははは、すいやせん、ちょっと所用がありやして……。ところで兄さんさっき魔法を使ってやせんでしたね? あれだけ人数いたのに」
「極力魔力は使わねーことにしてるんだ。魔力に頼らねー闘いをしていれば魔力のありがたみが分かるんだって」

 そしてその時彼の頭の中に浮かんでいたのは、魔力を封印されて、猛獣の横行する草原に放り込まれた時の恐怖だ。
 一週間ほど経ち、封印を解いてもらって、もう一週間経つと、彼はもう魔法無しで猛獣達と張り合えるようになり、魔力を使うと、危ない局面も楽にしのげるようになった。

「へえ、ファルガール=カーンの教えスか? それ」
「えっ?」

 思い掛けないコーダの指摘に、リクはハッとした。

「昨日それを知った時には驚きやしたよ」

 コーダにちょっとした針のような視線で見られ、リクは苦笑する。

「別に隠してた訳じゃねーけど、何となくな」

 ファルガールが十五年前の大会の優勝者だと知った時から、特にそうだった。
 自分の師匠が優勝経験者だ、なんて自慢しているようで、今いち喋りたくない。
 それにそれを知った強豪達がこぞって自分に挑戦してくるのは避けたい。

「ま、それで正解スよ。そこに転がってる人たちも兄さんがファルガール=カーンの弟子だと知ってて襲って来たんス」
「どこで知ったんだ? そんな事」
「参加者達は他の参加者の情報を得る為に便利屋ってのを雇う事もあるんス。その便利屋は雇い主の闘いたい人間の居場所を探したり、もしくはその人との決闘を申し込んだりするんスよん」

 へえ、とリクが納得したところで、コーダは切り出した。

「ところで兄さん、俺を便利屋として雇う気無いスか?」
「そうしたいのはやまやまだけど、金がなぁ」
 困惑しているリクに、コーダは笑いかけて言い添えた。「お金は優勝して、賞金がとれたらで結構ス」

 しかしリクはなかなか頷かなかった。
 すぐに食い付くかと、期待していたコーダは拍子抜けしたように首を傾げた。

「……これでも不満スか?」
「いや、違う。その反対だ。条件が良すぎるんだよ。お前はどうして俺にそんなに親切にしてくれるんだ? こう言うのは冷たいかもしれねーけど、俺はお前に親切にされるいわれってモンがねーんだぞ」

 リクの答えに、コーダは怪訝な表情をつくって尋ねた。

「兄さん、ひょっとして俺を疑ってやス?」
「違う。ここまで訳も無く、親切にされるとかえって気まずいんだよ」

 二人の間に沈黙の時がしばらく流れた。
 沈黙を破ったのはコーダだ。

「気に入ったんスよ」
「え?」

 あまりにあっさりとした答えに、リクは一瞬理解ができず、つい聞き返してしまった。
 コーダはにっこりとリクに笑いかけてもう一度言い直してやる。

「兄さんの事が気に入ったんス。兄さんの為に何かしてやりたくなったんスよ」
「俺は別に気に入られるような、ごたいそうな人間じゃねーぞ」

 リクは、訝しげに眉をしかめる。
 そんな彼に、コーダは手を小さく振って答えた。

「気に入るのに理由なんていらないスよ」
「……まさか俺がファルの弟子だからじゃねーだろうな」
「それ全然見当違い! もしそうなら昨日までこの事知らなかったんスから、昨日の弁当は兄さんにあげてはいやせんでしたよ」

 なるほど、とリクが感心しながら、それでも返事をしかねていると、何を思ったのか、コーダは突然リクに向かって膝をついた。

「頼みやス! 俺を雇って下さい!」

 その行動にリクはかなり面喰らった。
 再び、沈黙が彼等を包む。
 今度はコーダがそれを破る事は無かった。彼の視線はずっと、リクのエメラルドグリーンの瞳に向けられている。
 その目に彼はとうとう折れた。

「……分かった。そのかわりお前の為に俺が出来る事があれば、言ってくれよ」
「合点!」

 コーダは満面の笑顔で、リクに敬礼した。

「早速だけどさっき参加者は店も宿も使えねーって聞いたんだけど、アレはどうしてなんだ? こんなの規約書には書いてなかったぞ」
「書いてやスよ」
「え?」
「ちょっと借りやスよ」

 そういって彼はリクの服のポケットに入っていた規約書を抜き取った。
 そしてその冊子を開くと、ぱらぱらとページをめくり、ある一行を指差した。
 それは『大会規約』と書かれたすぐ左、第一の項のすぐ右だ。

 0、大会中の参加者は店、宿などの施設を利用してはいけません。

「ぜ、ゼロ……!?」

 リクはさっき、斧を持った男を倒した時に一度これに目を通していたが、あまりに自然すぎて気が付かなかった。

「この項だけは当日になってからしか出てこないように細工されてるんス」
「でも何でこんなややこしい事するんだ?」
「そこがこの大会のルールで一番上手く出来ているところなんス。もし、規約書にちゃんとそういう事が書いてあると、参加者達は闘いに備えて食料を買い求めるでしょう。すると、持久戦に出て、なかなか決勝の二人が決まらなかったりするんスよ。それを防ぐ為の工夫なんス。
 多分今日は、食料を用意しておかなかった人間が溢れるでしょう。そんな時、兄さんならどうしやスか?」
「……大会を早く終わらせる?」と、いきなり質問されて、戸惑ったリクは自信なさげに答える。

「惜しい。そう考えて短期決戦を狙う人間も確かにいやス。だが、そうするとペースも分からず、決勝に残る事が出来ても、おそらくもう力は残っていないでしょう。
 問題は食料をどう手に入れるかなんス。ここは店が使えなきゃもう何もありやせん。井戸に行けば水はありやすけど。そんな状況で、食料を手に入れるにはどうすればいいか、なんス」

 再び、話を振られ、リクはう〜ん、と考え込んだ。

「そうか、分かった!」

 そしてぱっと顔を輝かせるとポンと手を打って答えた。

「持ってる奴から奪えばいい!」
「ピンポーン! ここ数日は食料争いが主な鍵になるでしょう。だから襲われたくなければ食料をあまり目立たせない方がいいッス」
「他の街に買いに行く事は出来るんじゃねーのか?」
「それは可能ッス。けど、往復で最低十日はかかるでしょう? 過去にそこまで長引いた大会はないんス。買いに行ってる間に鐘が鳴りやスね。それは街の防壁の外には決して聞こえやせん」
「運搬サソリがあるだろ?」

 コーダは黙って首を横に振った。そして一言だけ言う。

「大会規約その0」
「あ、『店、宿などの施設を利用してはいけない』」

 リクが暗唱すると、コーダは生徒の出来に満足した教師のように頷いた。

「そういう事ッス。……で、これ」と、コーダは懐から、小さな鐘を取り出してリクに渡した。「“呼び鐘”ッス。これを鳴らすと……」

 リクは実際に振ってみる。カンカンカン、と音がすると、それに答えるようにコーダの腰からチリチリチリ、と鈴のような音がした。
 そこに目をやるとヒモに付けられた鈴がリクの持つ鐘に向かってピンとヒモを引っ張っていた。

「こんな風に反応するんス。一応有効範囲は制限されてやすが、ファトルエルの町の中にいれば大丈夫ッス。不必要な時は鳴らないように綿を詰めやんせ」
「了解」
「じゃ、俺は早速情報収集に行って来やス。取り敢えず頑張って」
「おう」

 そしてコーダは何処ともなく走り去って行った。

Copyright 2003 想 詩拓 all rights reserved.